『がむしゃら』ということについて書こうとしたら、
『我武者羅』という漢字に変換されて驚いてしまいました。
漢字にするとますますすごい。。
私は個人的には『がむしゃら』という言葉をあまり好みません。
良い意味もあるようなのですが、個人的イメージでは良くない意味の感じがします。
『強引』よりももっと他人に迷惑をかけそうな感じをうけるのです。
迷惑というのは、直接危害を及ぼすという意味でもあるし、
その様子を見ていてもしんどいというか、もっとはっきり言うと 見苦しい 感じも受けま
す。
あくまでも私が受ける個人的イメージです。
『がんばる』『頑張る』も見ていてしんどそうですが、見苦しい感じは受けません。
もちろんそれも私の感じる個人的イメージです。
さて、昨今、不況ということも手伝ってか、『我武者羅』な事=良いこと とされている
ような風潮です。
我武者羅に突き進む人が良いように勘違いされていたり、我武者羅 が一生懸命
と混同されているようにも感じます。
我武者羅はわたし的には、非常に迷惑です。
品も感じられません。
一心不乱とも違います。
世の中の、あらゆるシステムが変えられている最中のような気はしますが、
本当に必要な変革なのか、それともただなんだか動いていれば努力しているがごとく
見えるのか、見極めなければなりません。
本当に必要な改革がなされるのは、もっともっと先になってしまうような気がします。
世の仕組みと、自然の仕組みは本当は同じ流れ、同じ方向の風であるのが楽で、
正しい方向なのではないでしょうか?
文系だの理系だの、もう分ける必要はなくなってきているのではないかとも思います。
偏った人たちが、それぞれの偏った知識を持ち寄っているようで、融合せず、
理解し合うこともできない。それは致命的です。
自然のシステムと、世の中の人間のシステムを別にしている場合じゃ無い気がします。
天変地異・わけのわからぬ事件事故、無関係とは思えなくなってきた今日この頃です
が、 何事にも原因はあるはずです。
目に見える原因・目には見えない原因、どちらも解決しなければなりません。
我武者羅にではなく。
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